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緊急提言13「健康にこそカネをつかうべき!カネは大事だが健康はもっと大事!」(提案5)

緊急提言13「健康にこそカネをつかうべき!カネは大事だが健康はもっと大事!」(提案5)



 戦争や殺人。世界の巨悪はたったひとつのこと「強欲」「欲ボケ」が引き起こします。「質実剛健」を尊んできている「日本に強欲は似合いません」。 

 提言第10回で、私は「提案」の一部として、健康に注ぐべきおカネの捻出方法につき、次のように述べました。

 大事なのは「あなたのその見栄っ張りのなかにひそむ一部の見栄を、例えば買おうとしている車の高級ランクをワンランク下げること、海外旅行の日数を一日減らすこと、飲み会の回数を月1回だけ減らすこと、ブランド物の洋服の購入を1割カットすること、財テクにカネを注がないこと」です。なぜヒトは雄クジャクが羽を広げるような見栄を張りたがるのか?なぜベンツに乗ってディスカウントスーパーにカップラーメンを買いだめしに行くのか?「ワンランク安い車や軽乗用車で農村に出向きあなたの信頼する自然農法農家の食材を買いだめしに行きなさい」と言いたい。消費者には「欲ボケのひと」「強欲の人」が多過ぎませんか?欲はあってもいいに決まっていますが、欲ボケはよくない。欲望を注ぐ場所、見栄を張る場所を間違えています。欲望にはきりがないのです。成金的な見栄の張り方、その欲望の1割をカットするのです。すると、カットできた見栄っ張りの部分の金額の100倍、あるいは1000倍の健康が買えるのです。これは本当です。「見栄は健康にこそ張るべき」です。日本は先進国です。しかも「清貧を尊んできた世界にたぐいまれな先進国」なのです。日本人は謙虚であり続け、「見栄やみばえではなく実質に向かって行動するべき」なのです。日本人は「地球上の落ち着いた先進国の一員として健康追求に勢力を注ぐべきなのです」。日本の消費者は落ち着いて見栄を物欲でなく健康に張り、世界に先進国の健康的な行動を見せつけてやるべきなのです。・・・・・・・・・・

 私は本日の提言13回までで、実は今のことを最も強く申し上げたいのかもしれません。

 筆者は平成29年1月現在53歳です。まだまだ若輩ではありますが、冷静に「ニンゲンはなんのために生きているのか?」というとても大切なことに心から気づき始めているのも事実です。生きる目的。大事ですよね?

 ほとんどの生物は子孫を残すと死んで行きます。下等生物ほど1代の子孫を残すと死に、高等生物になるほど翌年も子孫を作りその翌年も作りとなっています。しかしニンゲンは凄い。子孫を残してから死ぬまでの期間がとても長い。私は、このことがニンゲンが最も高等生物であるゆえんであると思っています。つまり、ニンゲンは「子孫を残すこと以上の使命を帯びて宇宙という神様から生かされている生き物」ではないか?と思うわけであります。

 それでは、「子孫を残すこと以上の使命」とはなんなのか?ということです。ズバリ、「生産的なことをすること」だと断言します。

 宇宙は、決して意味なくこの世に生命を誕生させたはずはありません。生命には絶対に意味がある。ひとつ言えることは、せっかくこの世に生まれさせてくれた生命なので、「自分の生命を無駄に使うな」「周りの生命を脅かすな」という「宇宙からの絶対的な指令」の下に我々ニンゲンも生かされている、ということだと思います。

 すると、ひとつまた宇宙からの指令が頭に浮かびませんか? それは「ニンゲンよ、永く生きよ。しかも楽しく永く生きよ。」という指令です。

 この3つの宇宙からの指令を一文で言うと、「ニンゲンよ、自分の生命を無駄にせず、他人の生命を脅かさず、楽しく永く生きよ。」ということです。これは「絶対的な命令」であると断言致します。

 そして、この「宇宙からの絶対命令」を元にニンゲンが採るべき具体的な行動はこうなります。「自分の生命を永く使うため自分の健康に気を遣え、他人の生命も永くなることを願い他人の健康にも気を遣え、そして他人と一緒に楽しい人生を送れ。」です。一言で短く言うと「生産的なことをし続けよ。」であります。

 私は、45歳頃になって初めて私の尊敬する故中村天風先生の言葉「他人の喜びを自分の喜びとなせ」の意味が分かりました。天風先生も単に「宇宙からの指令」を日本語に変換しただけだったのです。

 この「宇宙からの指令」が本能で分かっている人もニンゲンの中にいます。赤ちゃんと老人です。生まれたばかりの赤ちゃんほど、そして死に近い老人ほど宇宙からの指令に忠実です。生まれたばかりの赤ちゃんのなんという愛くるしさ。自分の欲望など微塵も出さずに周囲に幸せを振り撒きまくっている。そして床に就き死に向かう老人の姿。自分の欲望など微塵も出さずに現世の人に残す感謝の言葉。どちらにも共通していることは、自分の我欲などを微塵も出していないという点です。

 たとえば花。仕事に夢中な人ほど花を美しいと思っていません。しかし、実は赤ちゃんほど、そして、死に近い人ほど花と会話をしています。花と一心同体になっている。死の世界から生れて来たばかりの赤ちゃんと死の世界に向かおうとしている老人。共通点はどちらも「死に近い」という点です。死とは実は「自然に帰るということ」。ニンゲンは死ぬと亡骸は土になり魂は宇宙に戻ります。それは下等動物と植物と同じです。彼らも土に帰るという点はお分かりか思いますが、下等生物の五分の魂もニンゲンと同じように宇宙へ帰るのです。ニンゲンの魂も下等動物の魂も植物の魂も宇宙では同等の一つの魂となっているのです。これは厳然たる事実です。

 こんな厳然たる事実を前にして、おろかなニンゲンほど自然から遠ざかる行為を見せます。そう、「見栄を張る」「かっこつける」という行為です。「物欲まるだし行為」とでも申しましょうか。その具体例が先述の「分不相応な高級車に乗ってディスカウントショップにカップラーメンを買いだめに行く行為」です。「物欲まるだしの行為」です。「カネを見栄っ張りの部分に遣い、実は不健康を買っている行為」なのです。

 なぜわざわざカネ出して不健康と早死にを買うのか???・・・・・・・分かる人から真実に近づいて欲しいものです。

 カネは大事です。例えば崇高な行為「ボランティア」。このボランティアという行為も、例えばコンビニのアルバイトでためたお金があるから現地に出向くことができ手弁当を持っていくことができるから行えるわけです。カネが無い人はボランティアが事実上できない、逆に難民側の人物です。カネは大事なのです。

 人類が生んだ最高の創意工夫「カネ」。しかしこの崇高な創意工夫「カネ」も遣い方がとても大事です。カネは崇高な行為ボランティアにも遣えるし、自我の見栄っ張りを満足させることに遣うこともできます。どちらに遣っても良いでしょう。どちらにも遣えるのですから。しかし、例えば、数年前世界の長者「ビルゲイツ」が3兆円を寄付したというニュースが出ましたが、カネを持っているニンゲンほど崇高な遣い方をしています。これを引き合いに出すと、あさはかな人はすぐ「大金持ちが高額な寄付などの崇高な遣い方ができるのは、もろもろの物欲に満足しきるほどカネを持っているからだ」と言います。はたしてそうでしょうか?私は、こういう超億万長者ほど、先述した「他人の喜びを自分の喜びとなせ」という「宇宙からの指令」に忠実にシゴトした結果おカネがついてきたと観るべきだと思うのです。消費者の皆さん、いかがでしょうか?

 先ほど、「結局はニンゲンも下等生物も植物も自然の世界に帰れば(死ねば)亡骸は土に帰り魂は宇宙へ帰る点で平等だ」と申し上げました。換言すれば、私は、「全ての生命現象はプラスマイナスゼロ」だと思っています。ニンゲン誰しもが平等(プラスマイナスゼロ)どころか、下等生物や植物ともプラスマイナスゼロ(平等)だということです。つまり、「大自然から見たとってもちっちゃな行為=見栄を張ること=見栄っ張り」には必ず代償が訪れるということです。

 「カネ」という人類が生んだ最高の創意工夫を「見栄に遣った時のその代償」とは「カネそのものを失ったり健康を失いせっかくのカネを遣う機会を短くすること」なのです。

 たとえば財テク。私は、先述のビルゲイツを筆頭にホンモノの大金持ちほど財テクはしておらず霊性満足(故中村天風先生造語)を満たす事業(他人を喜ばす事業)への投資にカネを注いでいるはずだと思うのです。他人ではなく自分を喜ばす「見栄っ張りという行為」をしたがる人ほど財テクに走るきらいがあります。そして必ずそういう人は損をしています。そいう人のキャピタル損は先述のビルゲイツやソフトバンクのオーナーなどの「他人を喜ばす事業者の投資含み益」に振り替わっているのです。宇宙からの指令に忠実な人に向かって人類が生んだ最高の創意工夫「カネ」は動き、宇宙からの指令に背徳的な人(強欲な人)から「カネ」は遠ざかっているに過ぎません。自然の摂理にしたがってカネは動いているに過ぎないのです。

 では、貴い「おカネというもの」を、強欲を満たすためではなく、健康を買うために、どうやって捻出すればいいのでしょうか?・・・・・それは考え方次第で簡単に身に付きます。次にある具体的な「考え方」を申し上げます。 

 ひとつは手数料(マージン)についての考察を深めることです。私は提言第10回の中で次のように述べました。・・・「農作物にカネがかかると言ってもたいした金額ではない」「たかが知れた金額だ」と冷静になることです。外食、飲み代に比べたら全然安い。比較になりません。ましてや、旅行や車や不動産などと比較することすらおこがましいハナシです。F1種から農薬栽培でつくられたダイコンが1本150円(農家受取100円流通マージン1軒50円と仮定)のところ、固定種から作られた農薬不使用栽培や自然農法のダイコンは250円(農家受取200円流通マージン1軒50円と仮定)くらいのハナシです。たった100円の差です。なまじ割り算をして「67%も高いじゃないか!」とサザエさんのような人は言いますが、食材の価格に関しては、率ではなく差額(金額の幅)で測るべきです。そもそも安いのが食材なのですから、率で測るのは不動産や有価証券や自動車のような原価が値の張る商品の手数料だけにしてほしい。(蛇足ですが、不動産や有価証券や自動車の手数料すら、率でなく幅(手数料絶対金額)で表示するべき世の中が健全だと思いますが・・・)。」

 マージンすなわち営業利益についても同様です。マージンもある意味手数料と言えます。このマージンというものは、率で表現する場合と絶対額で表現する場合があります。業界の常として、原価が高いモノほど率で表現したがり、原価が安いものほど幅(絶対額)で表現したがります。不動産や有価証券という「地球上における最高原価商品」は取引手数料を全ての業者が%で表示しています。これは業界の暗黙の了解です。それは当たり前です。その方が業者の懐に入る手数料の絶対金額が大きくなるのですから。喩えば1億円相当の有価証券や不動産が動くとします。その手数料が1%と仮定しましょう。業界は「手数料はわずか1%ですよ」と言うでしょう。決して「手数料は100万円です」とは言いません。計算すれば1%も100万円も同等だと分かるのになぜか言わない。これは「100万円という金額がでっかい響きがする」からです。でっかい手数料がかかるイメージを消費者に持たれたくない。持たれたら買うのをためらいますから。

 一方、農作物。先述のF1のダイコンを例にとれば、流通業者の受取マージン=営業利益=手数料は、絶対金額が50円であり、50円÷150円=33%、と算出できます。この場合、「手数料は50円ですよ」と言った方が消費者は買ってくれやすいです。当たり前ですよね?「手数料は33%です」なんて言われたら消費者の皆さんどうですか?

 いま2つの事例を比較のために申し上げましたが、消費者の方にとって大事なのは「財布からおカネを出す時、率で判断しない」という事実を知ることです。財布に10万円入っている時1万円を出すとしましょう。その時あなたは「財布から10%のカネが出た」とは思わないはずです。「1万円出た」と単純に考えるはずです。一方、財布に1000円しか入っていない時100円を出すとしましょう。その時もあなたは「財布から10%のカネが出た」とは思わず「100円出た」としか思わないはずです。そうです。消費者は、出費については本能的におカネの幅(絶対金額)で判断しているのです。

 また、「手数料」の本質についてです。不動産や有価証券という商品を右から左に動かす時、重いですか?よっぽど、10kgのお米を右から左に動かすことの方が重いと思いませんか?10?のお米を動かすことのほうが余程手数がかかっていると思いませんか?本質的に手数がかかっていることへの手数料の支払い絶対金額はごくわずかで、本質的に手数がわずかしかかかっていないことへの手数料の支払い絶対金額が高いのは、消費者の皆さん、何か矛盾を感じませんか?よーーーーく考えてみてください。

 カネは崇高な行為ボランティアにも遣えるし、自我の見栄っ張りを満足させることに遣うこともできます。しかし、どちらの行為も「生きていて健康であればこそ遣える」のです。そして、提言第1回でも申し上げましたように、生きていることと死んでいることはニンゲンの意思では決められません。ならば???そうです、おカネは健康のためにこそ遣わねばならないのです。

 健康は世界でもっとも大切なモノなのです。消費者の皆さん、いかがでしょうか?

 今回は「健康にこそカネをつかうべき!カネは大事だが健康はもっと大事!」ということを申し上げました。次回は、今回申し上げたことを是非踏まえたうえで読んでいただきたい知識の一部に言及させていただきます。

(緊急提言13終了・・・14へつづく)

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